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25話 #nahive2qgpj02j4i

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トドがいた

「見て、トドがいるわ。」

千早が分厚く重たげな服を少し持ちあげるようにして前方を指さした。その息は白い塊となって吐き出され、風に散らされてすぐに消えた。海も風も穏やかではない。千早はトドをじっと見つめているようでこちらにはただ横顔を向けている。流氷に乗りかかり這っているのだろう、海獣のその無様な様子を思った。トドにはなりたくない、トドにはなりたくない……、そう心の中で祈りながらのろのろと千早の指さした先を見ると、寒々とした海と退屈そうな流氷の光景が広がっているばかりだった。あはっ、と千早が素っ頓狂な笑い声を立てる、「もう潜っていっちゃったわ。」ここでつっ立っていても寒い思いをするだけだ、と踵を返す。トドも人間にはなりたくないのだろうか。